相撲協会に一言申す

横綱・朝青龍がまた問題を起こした。彼が問題を起こしたのは何回目だろうか。しかも、報道に拠れば、初場所が開かれている最中に、酒に酔った末、一般人の顔を殴り全治一ヶ月のケガを負わせた上に、協会には、当初、「マネージャを殴った」と虚偽の報告をしていた。

今場所、朝青龍は優勝を果たした。もう一方の横綱・白鵬が終盤に入りふがいない相撲をしていたこともあって、今場所、私にしては珍しく朝青龍を好意的に評価していた。もちろん、場所中に酒に酔うこと自体、本来許し難い行為だが、殴った相手が身内(マネージャ)ならば、それは部屋の中で解決すべき問題だし、厳重注意を与えればさほど問題はないと考えていた。

だが、殴った相手が一般人で、ケガを負わせていた上に、しかも虚偽報告を協会に対して行っていたとなれば、それはもう許容範囲を逸している。朝青龍は、協会を、そして何よりファンの期待を裏切った。これまでの行為を加味する必要もない。この一件だけでも、彼に、横綱としての品格、否、「ウソをついてはならない」という人間としての品格が欠けていることは明かである。その罪は、横綱としての万死 – すなわち「引退勧告」に値する。

協会の対応もお粗末としか言いようがない。これまでのことを見れば、高砂親方が朝青龍に対して指導力を発揮できていないことは分かるであろう。師弟関係がどうなっているんだという問題も当然存在するが、それよりも何よりも、協会に朝青龍の生活指導をしようという気概はないのか。今回の一件は、決して突発的に起きたものではない。これまでの朝青龍が起こしてきた問題の延長線上にあるのだ。再び、このような事件が起きたということは、協会の対応に重大なる問題がある証に他ならない。

折しも、2/1 に行われる相撲協会の理事選が注目を浴びている。まず、公正な選挙が行われることを望みたい。誰が誰に投票したかを把握しようなどという行動は厳に慎むべきだ。各評議員は、自らが最も適任と思う人間に自由に投票すべきだ。

高砂親方を理事長が叱責している間、外部監査を除く他の理事たちは沈黙していたという。この重大なときに彼らは何をしていたのか。彼らは、本当に自らの役割を自覚して理事席に着席しているのか。権力に固執しようとする者ほど醜いものはない。

もし、相撲協会が今回の朝青龍問題を適切に裁けなければ、世論の批判を集中的に浴びることになるだろう。今、協会にできるのは、若手による改革を阻止するのではなく、むしろ促し、風通しが悪く旧体質の協会を、現代的な組織に作り替える努力をすることだ。その努力を怠れば、大相撲に明日はあるまい。

相撲

民主政治においてあるべき国民の姿

国民は国家の主人

民主政治において最も重要なアクターは誰であろうか。立法を主に行う国会議員であろうか。行政事務を行う官僚(公務員)であろうか。はたまた、違憲立法審査権を有する裁判官であろうか。いずれも重要なアクターであろうが、最も重要なアクターを見逃してはならない。国民こそが最も重要なアクターなのである。このことを、我々は、とかく見逃しがちであるがもっと深く自覚しなければならない。

国民こそが国家の主人である。最もわかりやすい例は、国会議員の選出であろう。国民(より厳密には有権者)の投票によって国会議員は一人一人選出されるのである(参照: 憲法 42 条)。官僚(公務員)についても、憲法はその 15 条 1 項及び 2 項において次のように定めている。

15 条 1 項: 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

15 条 2 項: すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

裁判官については、憲法 79 条 2 項で衆議院議員総選挙と同時に国民審査にかけられることが定められている(実際には、過去に国民審査で罷免された裁判官はいないが、理論的には可能である)。

このように、すべての権力(立法・行政・司法)は国民に源を発するのである。それ故に、主権者たる国民の行動は非常に重要なのである。

曖昧な「無党派」

しばしば、世論調査は支持政党を持たない人を指して「無党派層」という。また、総選挙前の報道等でも、「無党派層の動きが勝敗を左右する」などと言われる。しかし、私はこの言葉が時として 2 タイプの有権者をひっくるめてしまいがちな傾向にあるように感じられる。すなわち、「政治に関心はあるが」支持政党を持たない、厳密な意味での「無党派層」と、「政治に関心さえなく」それ故、支持政党を持っていない、広い意味での「無党派層」である。

この区別は一見すれば大した違いではないかもしれない。しかし、先に述べたように、民主政治にとって最も重要なのは「国民の行動」である。国民の行動如何で、民主政治はより高次な民主政治へ発展することもあれば、基本的人権さえ、虫けら同然に扱われるまでに衰退することもあるのである。

つまり、「国民の行動」が最も重要ならば、国民の政治に対する関心(政治意識)もまた必然的に重要なのである。私が「無党派層」という言葉の用法を厳密にわけるのは、政治意識を重視するからである。

まず、「政治に関心はあるが」支持政党を持っていない「無党派層」から考えよう。ここで注意しなければならないのは、常に特定の政党を支持していなければならないというわけではないことである。もちろん、日頃から特定政党を支持していることは、政治意識の中でも高いレベルであろう。だが、特定政党を支持するまではいかずとも、政治に関心を持っていることが重要なのである。

一方、「政治に関心さえなく」支持政党を持っていない「無党派層」こそは、真に問題とされなければならない。政治に関心のない人が増えるということは、民主政治にとって危機的なことである。そうした人々は、政治に関心のある人に自らの判断を委ねてしまい、結果として国家が間違った方向に向かうのに気づかない可能性もあるからである。

「未来」のための政治参加

しかし、なぜ彼らは政治に対して無関心なのか。一番の理由は、現実の政治が彼らの実生活に大きな打撃を与えていないからである。多くの人にとって、「政治」のプライオリティはそれほど高くない。むしろ、自分の家族であったり恋人であったり、あるいは自らの経済的成功といったものの方がプライオリティは高い。それは人間の本質上、致し方ないことであるかもしれない。

だが、不況に陥ったとき、人々が助けを求めるのはどこかといえば、政府であり政治である。自由放任主義経済は理想的だが、現実には政府の政策がその時の経済に対して上手く作用するかどうかが重要なのである。そして政府が適切な政策を生み出せるためには、その国の政治が十分に成熟した民主政治でなければならない。つまり、生活が苦しくなったからと言ってすぐに救命ボートが出ると思うのは間違っているのである。政府に救命ボートを準備するよう、国民が働きかけ、さらに政府がその整備を怠っていないかを、日々、国民が監視(必要ならば要求)しなければならないのである。それを怠っておきながら困ったときに助けを求めるのは、余りにも虫の良すぎる話ではないか。

もしかすると、今、不測の事態は起きないかもしれない。しかし、我々は、今のために備えるのではない。未来のために備えるのである。政治は、「現在」を扱うものであるが、一国・一国民の将来を決する物であるから、同時に「未来」を扱っているともいえる。我々が政治に参加するのは、今の状況をより良くし、いざとなったときに国民を政府が助けられるようにするためである。

それにもかかわらず、政治に無関心でいるというのは、自らの生命がどうなっても良いという意思表示に他ならない。誰か他人の手によって自らの生命が危機にさらされても何も声を上げられない、そんな哀れな人間に成り下がるのか? 政治に無関心でいるということは、「未来」の自分の首を「現在」の自分の手で締めているようなものである。支持政党はなくてもいい。だが、政治に無関心であってはならない。常に政治に関心をもち、常に適切な決断を下せる。これが真の民主政治においてあるべき国民の姿である。

日本政治

林克晶の世界

偶然、youtube を漁っていたら見つけた指揮者。結構の年配指揮者なのに、少しも衰えるところを知らず、弦楽器を中心に古楽の流れを完全に無視した「怪演」を行う… 「世界的によく知られた」云々といった文言があるのに、Wikipedia の英語版・日本語版・中国語版いずれにもその名はない… ヨーロッパ中心のクラシック音楽世界から離れているという意味で、「幻の指揮者」と言えるかもしれない。

プロフィール

中華圏を中心に活動しているらしく中国語での情報はたくさんあった。そこで、いくつかの中国語ページを Google Translation で英語に訳させ、それらを適度にマージンしてプロフィールにまとめてみた。複数のページで共通するものを選んだため、ほぼ正確であると思う。

林克晶は 1928 年インドネシア・ボルネオ島生まれの指揮者・ヴァイオリン奏者。華人 4 世。8 歳から独学でヴァイオリンを習い始め、13 歳の時に上海出身のロシア人ヴァイオリン奏者に正式に師事。15 歳の時には、ジャカルタの放送オーケストラに末席で参加し始めたが、短期間の内に首席奏者にまで昇進した。

1946 年にオランダ東インド政府の奨学金を得て、アムステルダム音楽院に留学(この時、1 つ下の学年にハイティンクがいたようだ)。1950 年に優秀な成績で卒業するも、今度はフランス政府からの奨学金を得てパリに留学し、ルーマニア人ヴァイオリン奏者のジョルジェ・エネスコとルネ・ベネデッティに師事。1954 年にはローマ国際ヴァイオリンコンクールで上位 3 人に入賞し、以降、ヨーロッパ中でヴァイオリン奏者として、たくさんのコンサートを開いた。

1956 年に奨学金の義務を果たすため、ジャカルタのインドネシア放送オーケストラに戻るも、折からのインドネシア国内でのアンチ華人運動に、中国の周恩来首相からの招待もあって、林は中国に渡った。

中国では、北京放送交響楽団の首席指揮者や中央音楽学院のヴァイオリン科教授に就任した。また、中国国内の主要オーケストラを指揮し、ヴァイオリン奏者としても各地でソロコンサートを開催した。

文化大革命が 1968 年にピークを迎えると、林は周首相から許可を得てマカオに逃れ、その後、1969 年に香港へ移住し、香港フィルハーモニーオーケストラの音楽監督や首席指揮者を 6 年間に渡って務めた。1974 年にオーケストラがプロオーケストラとなった際には初代音楽監督に就任した。

1976 年にオーストラリアへ移住し、ヴァイオリン・指揮の両面で活動した。また、オーストラリア国内の音楽大学で教鞭も執った。1981 年からは日本の群馬交響楽団で主席客演指揮者を務めるなど、日本、ドイツ、中国、韓国、シンガポールなど多くの国で活動した。

1991 年に国立芸術学院(現在の「国立台北芸術大学」)のヴァイオリン科教授に就任し、合わせて学院オーケストラの指揮や主要楽団の客演指揮者を務めた。1995 年には、台北市交響楽団の音楽監督に就任した。2002 年には、以下で紹介する長栄交響楽団の音楽監督兼首席指揮者に就任した(~ 2004 年)。ただ、1991 年以降の経歴は余り見受けられず、フリーランスの指揮者であったことが多かったのかもしれない。2000 年代には台湾での活動歴がありながら上海のメディアにも登場していることから、中国本土と台湾の間の政治的問題の影響をほとんど受けずに活動しているようだ。個人的には NHK 交響楽団でも振ってくれたらと思うのだが(笑)

日本との関わり

現在、「林克晶」と聞いて「知っている」と答える人は、大きく分けて 2 通りいると思われる。

1 つは群馬交響楽団時代を知っているという人たちである。群馬交響楽団の公式ページのどこにも「林克晶」なる人間がかつて指揮を振ったとは記載されていないが、Google 検索をかけてみると、群馬交響楽団と共にチャイコフスキーの第 5 交響曲を録音したという情報も見受けられる。しかし、その当時の演奏がどうであったかを知ることは無理そうである。

もう 1 つは、下で紹介する長栄交響楽団との活躍をどこかで知り、私のようにびっくりしたという人たちである。こうした人たちは、ほとんどの場合、かつての群馬交響楽団時代を全然知らない。私も、下で紹介する「ルスランとリュドミラ」序曲を youtube で探している際に出会ってびっくりしたのが、林克晶を知ったきっかけであった。

このように、日本との関わりは全くないわけではないが、かといって、太くはない。林は基本的に中華圏(大陸・台湾)を中心に活動しているらしく、群馬交響楽団以降、来日して日本のオーケストラを振るといったことは、Google 検索した限りでは皆無に等しいようである。

演奏

さて、林克晶の演奏を聞いてみよう。林の演奏は近年の流行とまったく違う。特に、それは弦楽器に顕著でポルタメントの多用は素人でもわかるであろう。楽譜の音にまで手を加えている風には余り見えないが、音の強弱などには大きく手を加えているところもあるようだ。全体的に後期ロマン派の流れを汲む演奏といって良い。

林は、古典派よりロマン派以降を得意とするのか、現在、youtube に挙がっている動画もベートーヴェンやブラームスといった例外こそあれど、チャイコフスキーやシベリウス、リムスキー=コルサコフが中心である(もっとも、挙がっている動画数が少ないので安易に判断はできない)。

まずは、ブラームスの交響曲第 4 番。ブラームス最後の交響曲であり、林が特に力を入れていると思われる弦楽器の美しさが光る作品である。管楽器の貧弱ぶりには泣かされるが、それも曲が進むにつれて落ち着いていき(耳が慣れた?)、全体としては十分に感動的な演奏である。特に第二楽章が素晴らしい。

なお、動画アップ者は楽章ごとではなく、10 分おきに機械的に動画を区切ってアップしたらしく、楽章ごとに聞きたい際には甚だ不便である。参考までに開始時間を記しておくと、第二楽章は Part2 の 2 分 50 秒過ぎから、第三楽章は Part3 の 4 分 35 秒過ぎから、第四楽章は Part4 の 50 秒過ぎからである。





それにしても、この楽団は女性が非常に多い(金管までいてびっくり…)。聞くところによると、「ラ・フォル・ジュレヌ」(熱狂の日)にも出演したことがあるらしいが、楽団紹介 によると、2002 年に台湾の民間企業によって設立された新しいオーケストラらしい。また、公式サイトの CD・DVD 販売 ページを見ると、今現在、youtube に挙がっている、林とこの楽団による演奏は楽団草創期のものであることがわかる(公式サイトを見る限り、音楽監督退任後、林は客演さえしていないかもしれない)。林の後を継いで 2004 年からは女性指揮者の Ya-Hui Wang が、また 2007 年からは彼女に代わって Gernot Schmalfuss がそれぞれ音楽監督に就任した(Wang は Schmalfuss の音楽監督就任後、首席指揮者になったようだ)。

次はチャイコフスキーの交響曲第 4 番。ブラームスのようにスコアを手元に広げることもなく、感情的な指揮が音楽に良い意味で投影されている。演奏はかなり主観的なもので流れを止めたり強調を変えてみたりと自由自在。第二楽章は林の繊細な感性が光っている。第三楽章は一転して早めのピチカートから始まり、この部分のアンサンブルには正直、驚かされた(見くびっていたというのもあるのだが…)。第四楽章は冒頭からティンパニの音が強すぎて音割れしているのが痛いところ。たっぷりと弦楽器に歌わせる(やり過ぎと思うほどに…)かと思いきや、最後は弦楽器の音量をわざと低くしてから上げるといった手法まで取る… 何とも前世紀的な演奏だ。

第二楽章は Part2 の 9 分 10 秒過ぎから、第三楽章は Part 3 の 9 分 20 秒過ぎから、第四楽章は Part4 の 4 分 50 秒過ぎからそれぞれ始まる。





他にも、youtube にはベートーヴェンの第 5 交響曲から第一楽章も上がっているが残念ながらオーソドックスな演奏に終始してしまっている(オーソドックスであるが故に金管の乱れが耳に付く悪い例になってしまっている)。そもそも、ここ数ヶ月の間に上げられているもの以外は音質的にも微妙で紹介するのがためらわれる。その中にあって、シベリウスの「フィンランディア」は、後に上げられた交響曲第 2 番(こちらは音質もいい)と共に、雄大なスケールの演奏を聴けるオススメ。

すこぶる音質が良くて、かつ、林らしい演奏を聴けるものとして、グリンカの「ルスランとリュドミラ」序曲も挙げておくべきだろう。ステージに花束が写っていたところからアンコールとして演奏されたのかもしれない。とにかくテンションが高い好演。

語録

プロフィール同様、中国語サイトを Google Translation で英語に機械翻訳し、それを基に日本語訳を作った。プロフィールと異なり、複数サイトでの確認ができなかったため、あくまでも参考訳として捉えていただきたい。特に、彼の音楽観を表現した文章は英語訳でも理解不能な場合が多く紹介できないのが残念である。

教育

近年、多くの中国人演奏家が外国のコンクールにおいて、たくさんの賞を獲得しており、私たちが音楽教育で実を結びつつあることは確かである。しかし、多くの点でまだ十分とはいえない。技術的にさほど難しくない作品もあるが、真のベートーヴェンを得るためにはとても長い道のりが必要であることを理解しなければならない。中国には国際的標準の域に達している交響楽団がまだなく、私たちの共同努力に頼らなければならない。

多くの生徒のレベルは非常に高いが、教育は十分ではない。なぜなら彼らは進んで毎日音楽をしようとはしないのにカラオケとなると進んでするからだ。

音楽家は私を見て恐れて、こう言うものです:「林克晶がやってきた、まったくひどい目にあった!」(笑い) 中国のオーケストラの目的は聴衆から拍手を受けることではなく、ショーのためでもなく、音楽から出発することです。ですから、「厳格さ」は必要なのです。

林の教育に対する視線は鋭い。我々も知っているとおり、中国人(ないし中国系)は多くの音楽コンクールで優秀な成績を収めている。しかし、単なる技術披露に終わっている場合も少なくない。林が「真のベートーヴェンを得るためにはとても長い道のりが必要である」と言っているのは非常に意味深いことだ。また、彼は再三にわたって、「中国にはまだ国際的標準を満たすオーケストラがない」と言っている。いかに個人として優れた成績を残した人間を集めても、それがすぐ優秀なオーケストラになるとは限らない。中国にはまだまだ時間が必要なのだ。

芸術としての音楽

あなたもご存じのとおり、私は裕福ではないが真の芸術家です。金儲けのためにここに来ているのではありません。

いいえ、ヘルベルト・フォン・カラヤンは好きではありません。特に晩年彼が目を閉じて指揮した時代は。私たちは知るべきなのです。目は魂の窓だということを。目を閉じたら、どうやって演奏者と心を通わせるのですか?晩年のカラヤンは、音楽に対する情熱を失い、完全に金儲けのためにレコーディングや演奏を行っていました。もちろん、初期のカラヤンはまだ良かったのです、特にロンドンにいる間のレコーディングは。そういうことから、私は皆さんが「東洋のカラヤン」などと私を呼ぶのを好きではないのです。私は「中国の林克晶」です!

二番目の発言は、台湾においてよく林克晶を評する際に言われる(という)「東洋のカラヤン」についてどう思うかという問いに対するもの。ちなみに、この後、「では好きな指揮者は誰ですか?」と聞かれて林は「フルトヴェングラー」と答えている。彼の留学の時期は、ちょうどフルトヴェングラー最晩年と重なり、例えばパリなどでフルトヴェングラーの演奏を直に耳にしたことがあるのかもしれない。

中国

私は「中国の林克晶」です!

1959年に、周恩来首相が私に来てくれるよう頼んできました。彼が言うには、中国には君が必要だ、とね。その時、私は全然中国語を話せなかったが、すぐに帰国した。私は自分の国が好きだ。たくさんの中国の歴史に関する本を読んだ、つい最近も上海の歴史についての本を読んだところだ。

1 番目のは、上のカラヤンに対する評価を聞かれたコメントの最後から引っ張ってきた。林克晶はインドネシアの華人の家系に生まれたため、厳密な意味での中国生まれの中国人ではないのだが、彼は中国(それが大陸だろうと台湾だろうと関係ないようだ)に対して非常に強い思い入れがあるようだ。2 番目の文章で「帰国した」(英語訳:「I was immediately returned.」)というのは、彼がインドネシア生まれであることを考えると変に聞こえるだろうが、彼にとっての祖国はインドネシアではなく中国であるようだ。

後記

計算では今年 81 歳になるであろう林克晶だが、その演奏は時としてカンタービレ(歌うよう)であり、時として激しくもある。円熟と若々しさを両方、内包したような演奏である。彼が一体、どこにいるのか(恐らく上海・香港・台北のいずれかと推測するが)は不明だが、このいわば「幻の指揮者」を是非、日本でも(一部の人にとっては再びであろうが)聞いてみたいものだ。

「世界的によく知られた」と言うときの「世界」とは恐らく中華圏のことではないかと思いたくなるほど、彼の活動範囲は中国とその周辺にほぼ限定されてしまっており、情報も中国語しかないのは非常に辛かった。見つけた限りの情報を(雑然としているという誹りは承知の上で)並べたのは、そうしなければ、日本語やよりメジャーな英語にさえ情報がない、この指揮者の姿を知ることはできないだろうと考えたからだった。チェコの指揮者・エリシュカが近年、日本で脚光を浴びているように、林克晶もまた日本でその指揮姿が見られることを切望している。

音楽

社会的動物としての人間が持ちうる二種の対立願望

「あの人は変だ」と言うとき、私たちは何を以て、そう言うのであろうか。どのような基準を以て、他人を自分たちとは違って「変だ」と判定するのか。

そこには、「自分は普通」であるという現状認識と、「普通であって欲しい」という願望が存在しているのである。私たちは何か行動を起こそうとする際、他人と努めて同じ行動をしようとする。スクランブル交差点で人の流れに敢えて背こうとする人間は滅多にいない。「普通であること」を求めることで、他人から承認されやすくなり、社会の中での自らの地位を確立しようとするのである。

しかし、多くの人は「そんなことはない」と言い張るであろう。それは、「普通でありたい」という願いは潜在的なものであって意識的なものではないからである。意識の上では、他者との差異を服装などで図ることで、自らの「個性」を強く打ち出したがるものである。

「他人と同じでありたい」という潜在的願望(「普通願望」)と、「他人とは違った自分をアピールしたい」という意識的願望(「個性表出願望」)とが、私たちの心の中で対立し合っているのである。しかも、多くの場合、この対立は境界線が不透明な対立になっている。中学校を想定しよう。他人とは違った自分をアピールしたいがために、ちょっと他人とは違った格好をしたい(「個性表出願望」)。しかし、だからといって、他人と違いすぎることによって、仲間はずれにされることはイヤである(=他人と同じであることを望む「普通願望」)。結果は人それぞれであるが、多くの場合、「大多数の」他人に合わせて「ちょっと変わった」格好をするのである。

この生徒を「勇気がない」と言い切ることはできない。むしろ、生徒の行動は、正常な人間ならば誰しもが取りうるものである。社会的動物である以上、人間は周囲の視線を気にするものである(その程度は人それぞれであるが)。生徒の行動は、生徒自らが正常な社会的動物としての人間であることを自己証明しているのである。

本来ならば、もう 1 つの問題(なぜ人間は自分と異なる存在を作り出すのか)も考える必要があるだろうが、それについては別の機会に考えることにしよう。今は、私たちの中に、2 つの対立する(しかし明確には分けがたい)願望が存在することを指摘することで満足することにしよう。

思考

オイストラフのチャイコフスキー

チャイコフスキーという作曲家は名旋律を生み出すという点で天才であったということは、誰も否定できないであろう。そんな彼が、交響曲第 4 番や「エフゲーニ・オネーギン」といった他の名作と同時期に書き上げたのが、彼にとって唯一となる「ヴァイオリン協奏曲」であった。

当初、ドイツ人には「馬小屋の音楽」とまで評されたが、この曲に溢れている名旋律の数々はチャイコフスキーならではである。彼の最も充実した時期に書かれたためか、作曲者自身、思い浮かんだ旋律を取捨選択できなかったのではないかと思うほど、多くの名旋律が出ては消え、出ては消えていくのである。

最近、この曲は女性によって演奏される機会が増えている。それはそれで魅力があるのだが、どこか、物足りなさを感じなくはない。そこで、旧ソ連のオイストラフである。

オイストラフの演奏は、鋭く速いテンポで音を刻む男性的力強さがあるかと思えば、甘くゆっくりしたテンポで音を刻む箇所もある。オイストラフの演奏からは、この曲が、単なる名旋律の連続ではなく、物語として聞こえる。技巧的に優れているヴァイオリニストはたくさんいるが、この難曲を飽かせることなく、1 つの物語にしてしまうのは、やはり音楽的芸術性において非常に優れていたと言うしかあるまい。

ロジェストヴェンスキーが指揮するモスクワ・フィルは、オーケストラ単独の部分でもう少し主張しても良いのではないかと思うが、全体的にオイストラフの良きサポーターの役を務めている。




なお、最後には、ショスタコーヴィッチが拍手している様子が記録されている。これがまた、名演奏の記録に花を添えているといっても良いであろう。

ソ連, 音楽

倫理的責任

8 月 15 日をまた迎えることとなった。あの戦争から 64 年が経ったことになる。しかし、北朝鮮の動向などによって、今、日本国内でも「集団自衛権行使容認論」や「非核 3 原則見直し論」などが、再び、主張されるようになってきた。こうした主張は、他の政治話題(特に社会保障)によって覆い隠されがちだが、決して看過できないものである。ここで、今一度、「第二次世界大戦」(呼び名は色々あるが、ここでは「第二次世界大戦」に統一する)がどのような意味をもち、そして我々はどのようなスタンスを取るべきなのかを考えていく必要があろう。

有史以降、何度となく人類は戦争をしてきた。それは様々な理由によるものであった。例えば、領土獲得願望や、外交上の衝突、宗教的情熱、内部の権力闘争、資源獲得願望などである。時代を経ると共に、戦争は複雑化し巨大化していった。

第二次世界大戦はそうした戦史の上でどのように位置付けられるのだろうか。第二次世界大戦が始まる前と終結後を比べたとき、そこには非常に大きな隔絶がある。それは近代の終わりであり、現代の始まりであった。すでに近代科学は宗教(特にここではキリスト教)の地位をその特権的地位から引きずり下ろしていたが、第二次世界大戦後の世界は、信仰の拠り所を探す旅に出ることとなった。経済的には、それまでの「本国-植民地」という関係が見直され、多くの植民地が独立を果たした。政治的には、人々は団結を求め、国際連合を中心とする国際的枠組みを構築した。

もちろん、たった 1 つの戦争がこうした変革を一度に起こしたわけではないだろうが、決定づけたのは紛れもなく第二次世界大戦という「1 つの」戦争だった。そして、我々は、そうした第二次世界大戦によって生み出された「変革」の中に生きているのである。第二次世界大戦を顧みないことは、自らのアイデンティティを否定することに等しいのである。

「戦争は不可避のもの」という考えから、「戦争は忌み嫌われるもの」へと大きく人々の考えが変化したのも、この戦争からであったといえるだろう。特に、広島・長崎に投下された「原爆」、あるいは、ナチス・ドイツによるホロコーストなどは、人々に大きなショックを与えた。反戦運動は後にベトナム戦争などを経て大きなうねりになっていった。

そうした反面、「戦後責任」というものがしばしば問われるようになってきた。戦後、「勝者による裁判」という色合いの強い「東京裁判」をめぐる議論や、戦時中日本による朝鮮半島での実績を評価しようとする動き、あるいは、ドイツにおいても、ナチスの活動に一定の評価を与えるべきだとする歴史修正主義などが唱えられた。こうした議論の根本にあるのは、「誰があの戦争の責任をとるのか」というものである。

特に、日本においては、天皇が東京裁判で裁かれなかったことを始めとして、戦争責任が非常に曖昧になってしまっている(丸山眞男のいう「無責任の体系」)。勝者である連合国ではなく、敗者となった日本やドイツでこうした議論がなされているというのは、非常に興味深いことだが、それには恐らく、「敗者」と簡単に括られることへの感情的反発が根底にあるのだろう。

しかし、私には多くの人が大きな誤解をしているように思われる。それは、「戦後責任」を問うこと自体である。私は、あの戦争に積極的・消極的を問わず関与したすべての人(もっとも、当時、植民地であった国々の人は除外されるだろうが)が、倫理的責任を負わなければならないと考える。それは、他人を告発するものではなくして、自らの心の内で静かに自問自答するものであらねばなるまい。戦場で実際に人を殺めた者(殺めざるを得なかったという人も含まれる)、そうではなく、銃後で兵器を製造した者… 直接・間接問わず、あの戦争に関係を持った者すべてが、倫理的に責任を負っているのである。

一番いけないのは、倫理的責任を感じず、自分の心の中に葛藤を感じることもない者である。そのような者に限って、愚かな論を並べ、自らの側には責任はなく、他者の責任を告発する「検事」の役割を果たそうとするのである。しかし、果たして彼に「検事」たる資格があるのだろうか。

もし、このように、過去の過ちを顧みない者が多くなれば、再び、同じことが起きるであろう。「戦争は不可避のもの」とする考えは未だに世界を見渡しても根強い。しかし、「戦争」という人類の負の手段は、21 世紀の今、放棄せられるべきものであり、あらゆる紛争は平和的に解決せられるべきものである。その強い決意がなければ、平和的に解決できるであろうものも解決困難となるであろう。

倫理的責任は、何も、64 年前に生きていなければ感じる必要はないというものではない。我々は、第二次世界大戦によって生み出された「変革」の中に生きているのである。歴史は途切れることなく続いているのである。今、この瞬間に生まれた赤子にさえ、倫理的責任は生じる。彼は、一生、倫理的責任を感じ苦悩しなければならない。それは確かに、彼の生まれる前の出来事であるから、残酷なものかもしれない。しかし、それは、第二次世界大戦によって生み出された社会の中で生きることへの引き換えとして、彼に課されたものなのである。それは義務である。倫理的責任を感じずに、ぬけぬけとこの社会で生きようとするのは、余りにも虫の良い話である。そんなことがあってはならないのである。

以上のようなスタンスに立ったとき、我々はどのように、第二次世界大戦という過去、否、今に続いている「現在」に向き合うべきか理解できるであろう。8 月 15 日というのは、そういったことを再確認する日なのである。

思考, 戦争

「罪」の自覚

小説といえば、最近は、友情物が多いようである。そういうものを私は嫌いだし、そもそも、小説自体、余り読まない。そんな私であるが、以前読んだ「沈黙」が素晴らしかったので、遠藤周作の「海と毒薬」を読んだ。

読後、私は胸がしめつけられる思いをした。これまで、文章を読んで、こんな思いをしたことはなかった。その時、一気に精神的疲労が私の体を襲った。私はベッドの上に臥さざるを得なかった。ブルックナーの第九交響曲をかけながら、私はいつの間にか眠っていたほどであった。

何が、私にそのような影響を与えたのだろうか。無論、肉体的に疲れていた可能性がまったくなかったとはいえない。しかし、7 時間以上も眠っていたのだから、その可能性は低い。やはり、それは「海と毒薬」を読んだことによる精神的疲労によるものが大きかったのだろう。

遠藤がこの作品で読者に訴えかけたかったものとは何であったのだろうか。遠藤は、今、ここに過去の罪状を並べ立てることで、関係者を罰しようとしたのか – もちろん、そんなことはない。事前に、「沈黙」をはじめとする彼の作品を読んだ経験を持つ者ならば、彼の言わんとすることが「罪の意識」であることはすぐに分かるであろう。アメリカ人の捕虜を生体解剖する、しかもそれは医者の使命たる「人命救命」ではなく「殺人」である。その葛藤に苦しむ勝呂医師を描写することで、遠藤は「罪の意識」や「自己の良心」を読者に問題提起したといえよう。

「海と毒薬」は単なる事件小説ではない。それは、我々すべてに「罪」の自覚を促し、「良心」は汝に本当に存在しないのかと問うているのである。もちろん、遠藤はキリスト教の影響を多分に受けている。しかし、それを超えたところに遠藤の問題提起は存在するのである。

遠藤が扱ったのは戦争中という「例外状況」下における人間の心理である。そこから「海と毒薬」を単なる戦争文学の範疇でしか捉えられないひとは、作者のメッセージを正確に受け取ったとはいえないであろう。戦争とは、極端な例に過ぎない。我々が良心の呵責を感じなければならないのは、あらゆる時に存在しているはずである。それは、「医学生」として書かれている戸田の手記によく現れている(新潮文庫, p. 131):

こんな少年時代の思い出はぼくだけではあるまい。形こそ変れ、あなた達だっておそらく持っているものだろう。だがそれに続く次のような思い出は一体ぼくだけのものなのだろうか。それともあなた達もこれと似た経験を心のどこかにしまっているのか。

最後の「それともあなた達もこれと似た経験を心のどこかにしまっているのか。」というのは、まさしく、読者(さらに大きくいえば万人)が、「通常状態」下で持っている「罪」の自覚を促していると解釈できよう。

さらに、遠藤は、冒頭、勝呂がこの後も葛藤に苦しんでいる様子を描くことで、「罪」は一生背負わなければならないものであることを暗示している。「海と毒薬」は「罪」に真っ正面から立ち向かった作品であり、それが私の中にある「罪」の自覚を促し、精神的疲れを引き起こしたのである。

Letter to Iranian

Today, the world (not only America) is focusing on your election. We are focusing not only because your democratic movement is oppressed but your right decision can make Mideast peace.

Middle East have been on war for long time. The Palestinian Problem and wars in Iraq and Afganistan — of course, we can date back to Crusades…

And, now, Iran’s nuclear weapon development is new threat to the area (and the world). Remember, nuclear weapon development is NOT solution in battle. It makes only threat (NOT peace). Threat between India and Pakistan is good example.

You have good resources such as oil and great history. If you hopeed peace, your country would get leadership in Middle East. To do so, at first, your country must be peace – concretely, democratic. However, in your country, human rights is oppressed by government.

Human rights is things that people can get if hope. Unless people hope, they don’t get human rights forever. Now you claim re-election.
Election is democratic symbol. That you claim re-election is equal with that you claim democracy (including human rights).

We are focusing on your country. Even if today’s movement were failed, it would not be vain. I hope your movement suceed!

English version

過去への無関心

鳩山氏の総務相辞任を受けて、佐藤国家公安委員長が総務相に就任したが、このニュースを聞いたとき、私は驚いた。そして、私の「発見」に気づいている人の少なさに、再び、驚いた。この、さりげない人事には重要な意味合いが含まれているかもしれないのに…。

「外務省」が存在することからも分かるとおり、戦前の日本には「内務省」というものがあった。地方行政・警察・土木・衛生・社会などを、たった 1 つの省で担っていた。

その中でも、特に重要だったのが、地方行政と警察だった。今と違って、各府県(東京都は 1943 年から)や庁(北海道庁)のトップ(知事や長官)は、中央からの任命制だった。「地方自治は民主主義の学校」と言われるほど、理想的な民主主義が樹立されている現今の地方自治は、戦後からであり、戦前は、中央集権の象徴だった。そして、それを司っていたのが、内務省であり、その流れは、戦後、自治省→総務省へと続いている。

警察を司っていたのも内務省だった。今でも、諸外国で、内務省というと、警察機関を指すことが多い。特に、日本の場合、あの悪名高き、特別高等警察(特高)が内務省の所管であったことからも察せられるとおり、その権勢は絶大なるものがあった。地方行政と警察を握ることで、内務省は日本の隅々まで、中央政府の意向通りにしようとしたのである。これが戦争中にどれほど役に立ったかは想像に難くない。

私が、佐藤氏の総務相兼任と聞いて驚いたのは、まさにこのためであった。以前に比べて、権力はないとはいえ、地方行政を司る総務相と、警察機構を司る国家公安委員長の兼任は、さながら、かつての内務省の復活と受け止められても仕方ないだろう。果たして、どのような意図でこのような人事が行われたのかは不明だが、最近の検察の杜撰さといい、解散・総選挙が近いという状況も考えると、時代の流れに逆行した動きが起きてしまうのではないかと危惧してしまう。杞憂であってほしいが…。

だが、もっと恐ろしいのは、これに気づいている人間の少なさではないか? 上に書いた「特高」なども知っている人がどれくらいいることか… 小林多喜二を拷問したと言ったら、少しは理解されるかもしれないが… 憲法 36 条に「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。」とある理由を考えたことのある人間が、どれほどいるだろうか? こうした過去への「無関心」がどのような結果を生み出しうるかは、歴史の明らかにしているところであろう。単純に「平和ぼけ」では済まされないことである。

日本政治, 歴史

怒りをもって見よ

日本郵政の西川社長の進退問題で揺れに揺れている日本政界だが、これを多くの人はどう思っているのだろう?自民党の加藤紘一議員は、「怒りをもって見ている」と言ったが、それは、本来、加藤氏の口からではなく、国民の口から言うべきことだ。

鳩山総務相の責任

一体、この人は何を考えているのだろうか。「かんぽの宿」では、その強引な手法はともかく、結果論として彼の判断が正しかったことが実証されたが、今回ばかりはそうもいかない。もちろん、彼は正しいだろう。西川社長には経営責任があり、それを主張するのは当然のことだ。

しかし、「正義」という言葉を安易に振り回すのは、まるで西川社長を「悪の枢軸」とでも言っているようであり、また、「信念」というのも、本来、「ある教理や思想など」(広辞苑)を信じることであり、仰々しすぎて笑えてくる。そもそも、政治は情熱だけではできるものではなく、的確な判断力が必要だ。鳩山大臣は麻生首相の有力な後援者だったはずだが、どうやら麻生はとんでもない友達を持ってしまったようだ(そんな友達しか選べない麻生も麻生だが)。

西川社長の責任

この人の責任も、今更、言うまでもあるまい。度重なる日本郵政の不祥事が、果たして、日本人の大好きな「トップの辞任」で直るのかどうかは分からないが、国民世論的にも止めるべきだろう。しかし、それにしても変なのは、なぜ、一法人の社長人事でこれほどもめるのかということなのだが…

麻生首相の責任

「日本郵政の所管は総務相、株主は財務相、人事は官房長官だ。」といって逃げようとしている麻生首相。確かに、それぞれの大臣・長官に属する案件であり、首相が調停するような案件ではそもそもないのだが、ここまで事が発展しておいて、こういう言葉は逃げ口上でしかないだろう。折しも、谷川参院幹事長が、「尻に火がついているのに、それも消さない。カチカチ山のタヌキじゃあるまいし、大事になるよ。」と言っていたが、時間の問題だろう。

民主党・野党の責任

ここぞとばかりに声を上げて、鳩山総務相に同調している民主党をはじめとする野党だが、相変わらず、進歩していない。自分たちで政敵を、直接、追及できずに、内輪もめにしか乗っかることしかできない。麻生のリーダーシップがどうこうとか言っているが、何のために、参院で主導権を持っているのか、よく考えるべきだ。

国民の責任

最初に、加藤氏の「怒りをもって見ている」というのを国民の口から言うべきことだとした。どこでもかしこでも、面白おかしく、書き立てられているが、本当にそれで良いのか。解散すると言われて何ヶ月経ったか。党首会談はヤジしか聞こえなかったではないか。費用対効果の怪しい補正予算はいとも簡単に通ってしまったではないか。そして、今回のこれだ。国民は国会議員に遊ばれているだけなのではないか。

国会議員を選んだのは誰か。国民である。であれば、その国会議員に不信任を突きつけることができるのも、当然、国民だ。閣僚が不祥事を起こし辞職したときに、よく首相の任命責任が問われるが、これは国民も同じだ。国民によって選ばれた国会議員が不祥事を起こしたとき、それは国会議員による国民への背信行為であると同時に、国民の任命責任が問われているのだ。私は、今、ただ外野でゲラゲラ笑いながら見ている国民の責任は重いと考える。

解決策

一番手っ取り早いのは、全員辞めることだ。西川社長が辞め、鳩山総務相も辞め、麻生首相も辞めればよろしい。首相が辞めるとなれば、当然、国会は解散だ。愚かな野党議員たちも失職する。これですべて解決だ。国会という閉鎖的空間から選挙という開放的空間へと場所を移せる。これほど、国民にとって分かりやすい解決策は他にあるまい。

少し指標が良くなったからといって、それは「下げ止まり」に過ぎない。「回復」ではない。どん底まで落ちるところまで落ちて、そこから先はもう落ちるべき場所がないということに過ぎない。選挙、選挙と国会議員たちの脳裏からは「選挙」が離れないようで、今回のも、「正義」とか「信念」とかよりは、ワイドショーに出たいだけなのだろう。そんなに、選挙が頭から離れないなら、今すぐにでも選挙をすることだ。今、ごたごたをしている暇はないはずだ。

日本政治